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経営理念

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私達は思いやりをもち、
地域の人々をいつまでも健康にします
一、予防、治療、根本治療によって健康寿命を延伸します
二、価値ある商品によって豊かな生活を提案します
三、私達は接客する時に接遇をします
                    平素より、コメヤ薬局をご愛顧いただいております皆様、誠にありがとうございます。 
                    弊社は江戸時代初期に白山市の鶴来の町で創業し、400年以上に亘り、地域の皆様に支えられ、営んでまいりました。 
                    コメヤ薬局の企業理念は、思いやりという心をもって、地域の皆様をいつまでも健康にしていくことを掲げております。 
                    現在、日本は物質的には非常に豊かな国です。あらゆるものが豊富にあり、そして簡単に手に入る時代です。ゆえに、最近では「体験」や「SNS」に見られるように、精神的な充実、満足を得るニーズが上がっているように感じます。病に関しても、精神的な心の病が非常に増えております。私たちは、地域のお客様をはじめ、コメヤ薬局とご縁がありました皆様に、身体の健康だけでなく、思いやりをもって、心の健康も提供したい、つまりは心身の健康をいつまでも続けられるサービスを提供する。そのような考えを企業理念としております。 
                    そして、いつまでも健康でいるためには、「予防」「治療(対症療法)」「根本治療」の3つがないと実現できないと考えています。特に、これからの時代は、病気にならないための予防と、病気になった時に対症療法のみで終わるのではなく、原因を解決する根本治療が一層必要になってくるはずです。私たちは、健康の相談があった時には、この3つを必ず提案、提供することを基本とし、そのための知恵や情報、商品の充実にこだわったお店、スタッフづくりに力を入れております。コメヤ薬局が近くにあると、ずっと健康で豊かな暮らしができる、そのように言って頂けるような会社を目指します。 
                    近年ではドラッグストア・調剤薬局の出店が激しさを増し、交差点の四角が全てドラッグストアという光景も珍しくなくなってきました。そのような環境下の中で、当社は次の100年後にも必要とされ続けるために、心身の健康を提供するということを軸に業態、ビジネスモデルを変えていかなければいけません。 
                    コメヤが創業し、私がちょうど15代目となります。創業当時は造り酒屋、そして薬屋、ドラッグストア・調剤薬局と時代が変わるごとに、時代のニーズが変わるごとに、当社は業態を変えてきました。まさに、今は時代の大きな転換期を迎えています。次の時代にあった新しいビジネスモデルを作り、これまで支えて頂いた地域の皆様にお役に立てるように、全力でチャレンジしてまいります。
                
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代表取締役社長 長基 健人

会社沿革

地域の人々の健康を
守り続けた
400年の歴史。

1596年~1625年(慶長期) 初代興三の数代前が鶴来に居住
1687年(貞亨4年) 二代八兵衛が角屋又四郎から酒株を買い取る
1697年(元禄10年) 二代八兵衛 三代與三兵衛に酒株を相続する(酒造米高拾壱石四斗三升七号五勺)
1710年(寶永7年) 廻国上使高井作左衛門の御昼御宿御用仰せ付けられる
1716年(享保1年) 廻国上使小菅猪右衛門の御泊御宿御用仰せ付けられる
1724年(享保9年) 儀式能(六代藩主吉徳入国祝賀能)を拝見する
1728年(享保13年) 六代藩主吉徳鶴来に到り米屋を訪れるという
(水車をご覧になり、酒造蔵に入り視察する)
1748年(寛延1年) 儀式能(八代藩主重熙入国祝賀能)を拝見する
金劔宮奉納俳額に米屋梅夫の俳号がある
1761年(寶歴11年) 巡見上使依田金十郎の御泊御宿御用仰せ付けられる
1761年(寶歴11年) 泰雲院様(十代藩主重教)鶴来方面巡視の際御用仰せ付けられる(水車をご覧になり、酒造蔵に入り視察)
1787年(天明7年) 太梁院様(十一代藩主治脩)鶴来方面視察の際御用仰せ付けられる
1789年(寛政1年) 巡見上使筑紫従太郎の御泊御宿御用仰せ付けられる
1793年(寛政5年) 六代與三兵衛 鶴来駅算用聞役仰せ付けられる
1797年(寛政9年) 角屋茂右衛門より塩小売札譲り受ける
1805年(文化2年) 太梁院様(十一代藩主治脩)・金龍院様(十二代藩主斉広)鶴来方面視察の際御用仰せ付けられる(水車をご覧になり、酒造蔵に入り視察)
1806年(文化3年) 『諸国周遊奇談』刊行、巻三に米屋の記事掲載
1807年(文化4年) 六代與三兵衛 池坊専定門弟免許状を受ける
1811年(文化8年) 儀式能(十二代藩主斉広入国祝賀能)を拝見する
1814年(文化11年) 六代與三兵衛 鶴来駅蔵宿吟味人となる
1819年(文政2年) 七代幸右衛門鶴来駅算用聞役仰せ付けられる
1822年(文政5年) 中納言様(十二代藩主斉広)鶴来方面視察の際御用仰せ付けられる
1822年(文政5年) 八代次郎左衛門鶴来駅算用聞役仰せ付けられる
1825年(文政8年) 八代次郎左衛門薬種商売開業願を届出る
1825年(文政8年) 薬種商売開業聞届けられる
1836年(天保7年) 八代次郎左衛門石川郡山廻列仰せ付けられる
1838年(天保9年) 巡見上使木下内記の御泊御宿御用仰せ付けられる
中納言様(十三代藩主斉泰)鶴来方面視察の際御用仰せ付けられる(水車をご覧になり、酒造蔵に入り視察)
1846年(弘化3年) 御子様御二方(十三代藩主斉泰の三男利義と五男利行)鶴来方面視察の際御用仰せ付けられる
1848年(嘉永1年) 基五郎様(十三代藩主斉泰の三男利義、のちの大聖寺十二代藩主)鶴来方面視察の際御用仰せ付けられる
1848年(嘉永1年) 筑前守様(十四代慶寧)鶴来方面視察の際御用仰せ付けられる(水車をご覧になり、酒造蔵に入り視察)
1851年(嘉永4年) 金劔宮へ「天満宮」(四条隆生筆)扁額を奉納する
1852年(嘉永5年) 八代次郎左衛門鶴来駅算用聞を兼帯する
1856年(安政3年) 儀式能(十三代藩主斉泰中納言任官祝賀)拝見する
1857年(安政4年) 筑前守様鶴来方面視察の際小休御用仰せ付けられる
1857年(安政4年) 『先祖由緒一類附帳』を著す
1858年(安政5年) 筑前守様鶴来方面視察の際小休御用仰せ付けられる
1859年(安政6年) 八代次郎左衛門役儀を指除かれる
1861年(文久1年) 筑前守様鶴来方面視察の際小休御用仰せ付けられる
1862年(文久2年) 筑前守様鶴来方面視察の際小休御用仰せ付けられる
1862年(文久2年) 八代次郎左衛門鶴来駅算用聞仰せ渡される
1863年(文久3年) 中納言様、筑前守様鶴来方面視察の際小休御用仰せ付けられる
1863年(文久3年) 中納言様、筑前守様鶴来方面視察の際小休御用仰せ付けられる
1864年(元治1年) 八代次郎左衛門鶴来村御台所会所縮役被任命される
1864年(元治1年) 八代次郎左衛門鶴来村御台所会所入払勘定方御用兼帯となる
1864年(元治1年) 姫君様白山社後参詣御中休御用仰せ付けられる
1864年(元治1年) 若御前様白山姫神社御参詣御中休御用仰せ付けられる
1864年(元治1年) 筑前守様筑前守様鶴来方面視察の際小休御用仰せ付けられる
1864年(元治1年) 姫君様御代拝御老女浜山様白山社御参詣御昼御用の際御用仰せ付けられる
1864年(元治1年) 御直支配鶴来駅仕法御用仰せ渡される
1865年(慶応1年) 中納言様白山迄御巡見御昼御用仰せ付けられる
1865年(慶応1年) 八代次郎左衛門用米売買所仕法方仰せ付けられる
1866年(慶応2年) 筑前守様鶴来迄行脚歩御中休所仰せ渡される
1866年(慶応2年) 多慶若様鶴来辺御行歩之節御休中所仰せ渡される
1866年(慶応2年) 家修理のため松木百五拾本拝領する
1867年(慶応3年) 鶴来町火災類焼のため御米百石拝借する 十五年年賦
1867年(慶応3年) 多慶若様鶴来方面視察の際御昼休所御本陣御用仰せ渡される
1875年(明治8年) 碓井を長基と改姓したという
1876年(明治9年) 長基さきの名義で薬品販売の書類を県に提出する
1882年(明治15年) 加賀前田家十五代前田利嗣様大聖寺前田家十四代前田利鬯様宿泊される
1884年(明治17年) 十代孝太郎鶴来町町会議員となる
1894年(明治27年) 金劔宮に菅原道真の画像を奉納する
1899年(明治32年) 十代孝太郎石川郡会議員に当選する
1924年(大正13年) 故八代次郎左衛門従五位を贈られる
1925年(大正14年) 改めて「天満宮」扁額を奉納する
1926年(昭和1年) 長基合資会社を設立する(土地家屋賃貸業)
1933年(昭和8年) 政八代次郎左衛門の記念碑が石動町に建てられる
1943年(昭和18年) 白山生薬株式会社を設立する
1945年(昭和20年) コメヤ薬局を設立する
1950年(昭和25年) 「梅巌翁遺稿」が出版される
1963年(昭和38年) 月江庵第一世碓井梅嶺の句碑を鶴来別院境内に建立される
1968年(昭和43年) 十二代健治鶴来町褒賞を受賞する
1969年(昭和44年) 十二代健治鶴来町文化賞を受賞する
1970年(昭和45年) 十二代健治財団法人さくらの会表彰状を受ける
1972年(昭和47年) コメヤ薬局鶴来本店ビル新装開店する
十二代健治「加賀菊酒の沿革」を『石川郷土史学会会誌第五号』に発表する
1973年(昭和48年) 十二代健治桜研究家佐野藤右衛門と対談する
1982年(昭和56年) 本店を改装する
1984年(昭和59年) 十二代健治昭和58年度石川県文化活動奨励賞を受賞する
1985年(昭和60年) コメヤ薬局本店に鍼灸院を開設する
1987年(昭和62年) 本店を改装する
『桜花薮』をサントリー美術館に出品する
1988年(昭和63年) ドラッグストア・調剤薬局をチェーン展開する
『梅巌翁俳諧要諦』が出版される
2010年(平成22年) ドラッグストア店内にてフェイスエステ開業
2013年(平成25年) ファミリーマート+コメヤ薬局融合店拡大
2017年(平成29年) コメヤ薬局金沢武蔵店、吉野谷店開店
2020年(令和2年) コメヤ薬局月橋店内にて株式会社タカハシ(神奈川県)との協業による生活衣類(激安・格安の衣料品)を取り扱い開始
2021年(令和3年) 鶴来地区にて配置薬販売を開始
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江戸時代の米屋。加賀藩主も立ち寄った。
藩主は左の白木の門から入られたと言われる。

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歴史ある薬、養胃丹の包装紙。

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昭和38年頃の新装開店の様子。
手前で楽器を鳴らしているのはチンドン屋(店舗や 商品の宣伝を行う広告業)。

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昔使用していた薬を調合する道具。

会社概要

                               
設 立 1946年 
創業:慶長期(1596-1615)
資本金 1,000万円
代表者代表取締役社長 長基 健人
売上高 売上額(単位:千円)

令和 2年3月度 4,266,650
平成31年3月度 4,200,030
平成30年3月度 4,201,577
従業員数 235名
事業内容 院外処方箋調剤業務、介護保険業務、医薬品・衛生用品・日用生活品・化粧品・食品・衣類などの販売、介護保険業務、エステ、コンビニエンスストア
事業所 【調剤・ドラッグ併設店】
コメヤ薬局久安店、コメヤ薬局安養寺店、コメヤ薬局小立野台店、
コメヤ薬局月橋店、コメヤ薬局アビオシティ加賀店、コメヤ薬局泉店

【調剤・ミニドラッグストア店】
コメヤ薬局(本店)、コメヤ薬局高尾店、コメヤ薬局山島台店、
コメヤ薬局県庁前店、コメヤ薬局水戸町店、コメヤ薬局かわち店、
コメヤ薬局野々市三納店、コメヤ薬局吉野谷店

【ドラッグストア店】
ドラッグストアコメヤ根上店、ドラッグストアコメヤアピタ金沢店

【調剤専門店】
プリスケア薬局窪店、プリスケア薬局志賀店、コメヤ薬局白峰店

【ファミリーマート+コメヤ薬局】
コメヤ薬局金沢武蔵店

【小型ディスカウントストア】
Mycra(マイクラ)御経塚店